銀座 居酒屋の専門家の意見
品数が多く、手作りで、季節感あるメニュー。
冷凍食品はいっさい使わない方針を打ち出した。
苦心して考えついた名前が「居食屋」。
W辺自身が頭をひねって作り出した造語で、「W民」とともに商標登録した。
これには後日談がある。
最近町なかで「洋風居食屋」など、「居食屋」という言葉が、社会の一般的な用語であるかのような使い方をしているケースを見かける。
「W民が評価されている裏返し」と、W辺は思っている。
商標登録しているとはいえ、個人の飲食店が使うことまで、とやかくいうつもりはない。
1999年、競合するA社が、W民が入居するビルに出店してきた。
その看板がなんと「居食屋.○×」。
「われわれの信用に、ただ乗りしている。
なんといってもお客さまが混乱する」W辺は内容証明付き郵便を出し、使用中止を求めた。
しばらくして看板から「居食屋」の文字が消えたが、今度は「新しいタイプの居酒屋」と書き換えられていた。
これもW民1号店以来の、Wタミフードサービスのキャッチコピーだ。
そこまでの追及はしないでいる。
T8は5年前、大阪の商社Iトマンが出資するIトマン食品の傘下に入っていた。
廟を貸して母屋をとられる形で、創業社長.I井誠2は解任追放された。
T8と決別する日が近いことを、W辺はこの時既に予感していた。
「Wタミは明らかにチェーン内チェーンになっている。
しかも新しいW民は、T8の類似業種。
これではオーナー会が黙っているなどW民1号店が東京.笹塚に開店する数日前、W辺美樹にT8本部から最後通牒が突きつけられた。
Wタミが経営するフランチャイズ(FC)十三店から、即刻T8の看板を下ろせ、と普段は社長室に入らず、事務フロア中央奥の自席で指揮をとるT8を追われたI井は、京急梅屋敷駅前で細と居酒屋を開いていた。
W民の立ち上げに悩んでいたW辺に、I井は自店で出している手作りつまみの具体例を示し、メニュー作りのアドバイスをした。
プロジェクトチームのトレーニングも引き受けた。
看板替えに合わせ、食材を冷凍食品から手作りに変えた。
計算上、コストは同程度と見込んでいたが、売れ残りが発生し大幅に跳ね上がってしまった。
料理の仕込みに主婦パートを採用したが、キャベツ1個を処理するのに、1時間かかる1993年10月までにFC店から撤退する.I井解任騒ぎでイメージを落としていたIトマン側は、W辺の主張を全面的に受け入れる格好で覚書を交わした。
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